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2008年12月20日 (土)

「藤原氏の正体」(関裕二)

 文庫版になったので早速買いました。

 藤原氏といえば祖の中臣鎌足が蘇我氏を大王の目前で殺した乙支の変、藤原道長の
”この世をば我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば”
で有名で、日本史上では名家として捉えられています。

 しかし、その正体は何でしょう?

 関氏は中臣鎌足を百済王豊璋としています。
 中大兄皇子と組んで百済救済の軍を起こしますが、唐・新羅連合軍に敗れます。

 藤原氏は七世紀から八世紀にかけて、蘇我氏に代表される日本の豪族を、偽りの理由により次々と討伐して行き、天皇家の外戚となることで絶対的な権力を手に入れます。
 もう一つの権力は自らの手で整備した律令を、藤原の都合の良いように解釈します。
 天皇の権威と法律解釈、令外の官という法律に縛られない役職でもって、日本の全てを自らの手中にします。

 このように日本を手に入れた藤原氏ですが、悪事の代償は高かった。
 蘇我氏、長屋王、早良親王などなど、藤原氏に嵌められて殺された人々の祟りは藤原氏に重くのしかかります。
 最も有名なのは天神様・菅原道真でしょう。
 宇多天皇の下で、藤原氏にめちゃくちゃにされていた国の制度の建て直しに邁進しますが、完了目前で藤原氏によって大宰府に左遷され、憤死します。改革の功は全て藤原氏が得ることとなりますが、道真の祟りの凄さは藤原氏を震撼させることになります。

 藤原氏に席巻され、平安時代は暗黒の時代として日本がこのまま衰退するに任せる状況だったのですが、その反動として鎌倉時代がやってきます。鎌倉仏教が流行したのはそれまでの日本が停滞していたからに他ならりません。
 藤原氏は室町時代に足利氏の系譜に潜り込み、足利幕府は次第に衰退しますが、応仁の乱から戦国時代になり、再び日本に活気が漲ります。
 江戸時代後期、徳川氏の系譜に潜り込み、徳川氏、天皇家の両方に藤原の息を吹きかけ、明治維新では華族の筆頭に返り咲きます。
 昭和天皇の前で足を組んでふんぞり返っていた近衛文麿が、日本における藤原氏というものを示していると言っていいでしょう。
 戦後になると、さまざまな有名一族と藤原氏は閨閥を形成しています。

 このような藤原氏の姿は、今世界で大金持ちの一族がやっていることと同じです。
 日本の建国がそうであったように、世界統一政府の建設も、彼らは同じようなやり方でいくでしょう。
 いわゆる世界陰謀論と、日本の古代史は意外なところで結びついているのかもしれません。

 あとがきで筆者が次のように締めくくっています。

 考えれば考えるほど、藤原氏は不思議な一族である。藤原氏の繁栄と日本人の幸福は、相容れない。それはなぜかといえば、藤原氏が他氏との共存を拒んだからだ。それにもかかわらず、彼らは千数百年の間日本に君臨し、今でも門閥の頂点に立ち、隠然たる力を維持し続けているのである。
 この生命力は、いったいどこから来たのだろう。
 そして、「藤原の呪縛」から、いつわれわれは解き放たれるのであろうか。

 古代史を見つめることは、現代を見つめることと同じです。
 さて、あなたはこの本から何を感じるでしょうか?

 
 

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