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2012年3月 3日 (土)

河村名古屋市長、「南京大虐殺」否定発言について撤回の意思がないことをあらためて示す

河村名古屋市長、「南京大虐殺」否定発言について撤回の意思がないことをあらためて示す
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00218416.html

※関連
・移譲記章(http://abnormal.sakura.ne.jp/entry/3538.php
・理性全壊の雑記帳(http://d.hatena.ne.jp/riseizenkai/20120229

 盛り上がってまいりました。
 さらに名古屋市ホームページダウンを含め総攻撃を開始したと見られていた中国側から、お前らと一緒は嫌じゃ、といった感じのまさかの攻撃が炸裂。

<レコチャ広場>中国人が南京大虐殺をどう歪曲しているのか、とくと見てみよう―中国(Record China)
http://news.livedoor.com/article/detail/6334654/

 
かなり中国側の現状に不満のようで、この問題に対する中国の態度に嫌悪しているようです。参考までに記事の全文を。

2012年3月2日、中国のジャーナリスト、王錦思(ワン・ジンスー)氏は「中国人が南京大虐殺をどのように歪曲しているのか、とくと見てみよう」と題した記事を中国のブログサイトに掲載した。以下はその内容。

河村たかし名古屋市長が堂々と「南京事件はなかったのではないか」と発言し、中国各界から怒りと抗議が噴出している。だが、実は中国人自らが南京大虐殺を歪曲していることは、ずっと見過ごされてきた。まずはこうしたやり方を直さなければ、われわれが日本人を責め立てることはできない。

新中国成立後、最初に南京に建てられたのは、蒋介石に処刑された20万人の共産党員を祀る「雨花台烈士記念館」だ。南京大虐殺記念館が建てられるのは、その30年後になる。いわゆる「文化大革命」の時代には国民党に虐殺された革命烈士への追悼がブームだった。

当時、中国人は広島の原爆犠牲者に祈りを捧げに行ったが、誰も南京大虐殺の犠牲者を弔おうとはしなかった。紅衛兵は「南京大虐殺は『国民党を殺した』もの」だと言い、遺跡を破壊し尽くした。学術界でも、南京大虐殺の研究はタブーだった。そんな中、立ち上がったのが南京大学歴史学部の高興祖(ガオ・シンズー)教授だ。

1972年、鈴木明氏が「『南京大虐殺』のまぼろし」などの文章を発表。1982年6月、文部省が教科書の記述を改めさせる。これに刺激を受け、中国の学者たちがようやく南京大虐殺研究を正式に申し出た。1983年、南京大虐殺記念館の建設案が浮上、1985年に完成。

だが、初期の研究は民族感情が入り込み過ぎていて、とても研究と呼べるものではなく、「民衆に偏った歴史観を植え付けることになる」と警鐘を鳴らす学者もいた。2007年、台湾の教科書から「南京大虐殺」の文字が消える。

中国人は、侵略行為を否定する日本に対し、常に感情論で反撃してきた。例えば、日本人が犠牲者の数を30万ではなく20万ではないかと問えば、「30万より少なければ、虐殺がなかったというのか?」「1人でも殺していれば殺人だ」などと巧妙に回答をはぐらかす。

だが、戦後間もないころ、日本の戦犯の公判でレイプされた女性が出廷した時には傍聴席から笑い声さえ聞こえてきた。南京大虐殺をテーマにした映画を放映した時には観客から「看護士がレイプされるシーンが短すぎる、肌の露出も少ない」と苦情が上がったほどだ。

1985年~1997年、南京大虐殺記念館の参観者は延べ580万人、日本人は延べ18万人に上った。なので、日本人が南京大虐殺を全く知らないという言い方は誤りである。2002年、筆者が記念館に向かう途中に乗ったタクシーで、地元の運転手は「あの時30万人殺してもらってよかった。そうでなければ、今の南京はもっと人が多かった」と言っていた。

日本の旧軍人や中高生が記念館でひざまずいて大泣きする姿をしばしば見かけるが、中国人がそうしているのをあまり見たことがない。泣けないのであれば、せめて笑うべきではないと思うのだが、中国人の参観者が笑っているのを見たのは1度だけではない。

広島には「被爆者白書」があり、犠牲者の数も25万3008人と正確な数字が出ているが、南京大虐殺で名前が分かっている犠牲者は3000人ほどしかいない。広島は1946年から毎年8月6日に追悼式典を行っているが、南京で追悼式典が始まったのは1985年。広島には毎年首相が出席しているが、南京では市長さえも毎年来るか来ないかといった感じだ。

2001年12月13日、筆者は南京の追悼式典に出席したが、他の参列者はまるで縁日にでも来ているかのようにガヤガヤとうるさく、悲しみなど微塵も感じなかった。そこにいる全員が涙を流す必要もないが、せめて静粛にできなかったのか。筆者はその後、2度と記念館には行っていない。行くなら雨花台と決めている。

無数の血や涙が流れた南京にも平和が戻ってきた。そして、彼らは日本語を学び、日本資本を受け入れ、世界に向かって突き進んでいる。(翻訳・編集/NN)

●王錦思(ワン・ジンスー) 吉林省出身、北京在住のジャーナリスト。北京大学でメディア学を専攻。日中歴史問題や抗日戦争史を研究課題としている。著書に「日本行、中国更行」。11年3月に日本で「中国『反日』活動家の証言」を出版。
 

 *****

 ちょっと時系列を。(上海南京1南京2

1937(昭和12)

1937.07.07 盧溝橋事件→一旦停戦協定
1937.07.25 郎坊事件、停戦破綻
1937.07.26 天安門事件(日本人犠牲者)
1937.07.28 北支事変(華北にて日中両軍激突)
1937.07.29 通州事件(日本人犠牲者)
1937.08.13 第二次上海事変(中華民国軍上海進駐+日本軍との交戦)

※当時アメリカはもとより日本政府も不拡大政策。一方中国とドイツの作戦は、上海の日本軍を攻撃、誘い出して優秀なドイツ兵器で日本軍を撃滅、もって戦争終了の世論を形成する予定だった。ところがこれが裏目、日中両軍がバーサク状態に。

1937.11 バーサク状態の日本軍(上海派遣軍+第10軍)が首都南京進軍。
1937.12.08 南京包囲
1937.12.09 松井中将無血開城勧告
1937.12.10 中国軍不応、日本軍進撃
1937.12.13 南京入城

※東京裁判で南京事件の期間は6週間とされる。

 極東国際軍事裁判で松井中将が責任をとり死刑。

 南京軍事法廷で谷中将が責任をとり死刑。

*****

 南京事件論争へのコメント。

心理学者の中山治:「互いに誹謗中傷、揚げ足の取り合いをし、ドロ試合を繰り広げている。事実をしっかり確認するどころの騒ぎではなくなっているのである。こうなったら残念ながら収拾が付かない。」と論評している

政治学者の藤原帰一:論争は「生産的な形を取ることはなかった。論争当事者が自分の判断については疑いを持たず、相手の判断を基本的に信用しないため、自分の偏見を棚に上げて、相手の偏見を暴露するという形でしか、この議論は進みようがなかったからである。(中略)新たな認識を生むというよりは、偏見の補強しか招いていない」と論評している

と学会会長の山本弘:この論争は学術論争ではなくイデオロギー論争であり、左寄りの論者(30万人虐殺肯定派)は、中国人の犠牲者数を多くしたいために、「南京」「虐殺」の範囲を広くしようとし、右寄りの論者(30万人虐殺批判派)は、中国人の犠牲者数を少なくしたい(なかったことにしたい)ために「南京」「虐殺」の範囲を狭くしている。論争の当事者達は歴史の真実を知りたいのではなく、自分たちの信条を正当化したいだけである、と論評している

*****

 Wikiをまとめるだけでどっと疲れた。

 悪意というか、憎悪というか、怨念というか、そうしたものに間接的にでも触れるだけでエネルギーが吸い取られる気がする。

 こういう論争に参加した人は日中双方とも、右左関係なく魂が抜かれているのかも知れない。

 というわけで、本件についてはコメントせずに放置します。

*****

 いろいろな意味で、合掌。

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コメント

広島の原爆:3ヶ月で14万人死亡
長崎の原爆:15万人死亡
東京大空襲:325機のB29で8万人死亡、10万行方不明
沖縄戦:55万の連合軍上陸、9万人の民間人死亡
南京大虐殺:5,000人の第10軍が一ヶ月で30万人を殺傷

第10軍の殺傷力は、原爆の6.4倍!!
第10軍4人の兵士は、B29一機の破壊力!!
第10軍1人の兵士は、367人の米英軍兵士の殺傷力!!

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