「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」(塩野七生)
古代にカエサルがいたように、中世にはこの男がいた-!
と帯に書いてあるとおり塩野さんの愛する男第二弾とでも言うべきもの。
フリードリッヒは神聖ローマ皇帝の父とシチリア王家の母から誕生したのであるが、いきなり幼児のときに父母共に亡くなるというハードなスタートを切る。
その後も歴代ローマ法王から様々な妨害を受け、破門三回、公会議を使った異端裁判、「法王の長い手」による内部分裂、更に破門されたまま生涯を終える。
フリードリッヒの死後はローマ法王派により子孫はことごとく追い詰められ除かれていく。
まさに13世紀、日本だと鎌倉幕府創建から元寇までにあたるが、激動の中世にあってローマ法王と終生対立し続けて生きた皇帝である。
また、フリードリッヒの周囲には有能な人が多い。
中には敵対する教会側に所属する人、イスラム教徒など多彩すぎる。
彼らが全力を挙げてフリードリッヒを支えるが、それだけ仕えがいのある人物だったのだろう。
フリードリッヒのすごさは読んでもらえばよいが、本文のエピソードはどれも魅力的なのでいくつか紹介したい。
アラビア数字
数学者フィボナッチはアラビア数字をフリードリッヒに紹介している。
教会の反対でアラビア数字の導入は困難だったが、フリードリッヒがその先鞭をつけたともいえる。
フィボナッチはフリードリッヒによって生涯年金が与えられ、今で言うと学者とか研究者の身分になると思うが、研究を続けていくことになる。
21世紀の現在でも名を知られる数学者である。
ちなみにフィボナッチがフリードリッヒに紹介したマイケル・スコットによってヨーロッパにイスラム経由で初めてアリストテレスが紹介される。
アラビア数字といい古代ギリシャ哲学といい中世はイスラム世界の方が断然進んでいたのである。
異端裁判所
ローマ法を仰ぎ見て制定したフリードリッヒのメルフィ憲章。
これがローマ法王を刺激する。
「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」を信じるフリードリッヒと「法王は太陽で皇帝は月」を信じるローマ法王とでは温度差が出てしまう。
そして中世ヨーロッパを暗黒たらしめた、かの有名な「聖なる異端裁判所」がほぼ同時にスタートする。
ローマ法王に忠実な「神の忠実な犬」ドメニコ宗派によって運営される、告発即死罪の必殺奥義。
なお、後世になってローマ法王が異端裁判を公式に謝罪するが、西暦2000年、開設から768年後のことであった。
ちなみに同じ13世紀メルフィ憲章より少し前にできたマグナ・カルタだが、13世紀では市民の意味が後世とだいぶ違う。
市民といっても当時そのようなものが存在したのは北イタリアくらいで、しかも有力家門が各個に権力抗争している状況であった。
なんか日本でいうと戦国大名みたいな感じだろうか。
市民というより準貴族とか訳した方がわかりやすいかもしれない。
ちょっとマグナ・カルタが過大に評価されているようだ。
メルフィ憲章が一般に知られていないのは法王と教会から嫌われたからだろう。
無血十字軍
第六次十字軍はフリードリッヒによって進められるが、進め方がローマ法王の気に入らず破門されたままの十字軍となる。
それでもフリードリッヒはイスラム側のスルタン・アル・カミールと講和し、無血でエルサレムを回復することができたのである。
しかしこれがローマ法王の気に入らない。
エルサレム奪還はキリスト教徒の血によって贖わなければならない。
なんとも勇ましい説である、がフリードリッヒの是とする考え方ではない。
破門だけでは気持ちが治まらなかったのか、ローマ法王は、更にフリードリッヒの出征中の留守を狙い法王の軍勢をフリードリッヒ領に進めるのである。
法王さん、やることがいちいちえげつない。
コンスタンティヌス大帝の寄進書
ローマ時代、4世紀、コンスタンティヌス大帝はミラノ勅令でキリスト教を公認した。
この大帝の時代、当時のローマ法王にローマ帝国の西半分を贈るとした文書が寄進書である。
これによりヨーロッパ全域の正統所有者はローマ法王、すなわち法王が家主で王侯は借家人ということになる。
この寄進書が実は真っ赤な偽物であることがわかるのは15世紀になってからで、実際この文書は11世紀にローマ法王庁の関係者によって偽造されたものである。
しかし13世紀にはこの文書は本物と信じられていたので、当時の法王はこの寄進書を盾に諸侯を脅す事ができたのである。
中世ヨーロッパというのはこの偽書の問題でもローマ法王の意思が色濃く反映する暗黒の時代といえるのである。
女たち
フィリードリッヒは奥さんが記録にあるだけで最低11人、子供は15人。
それでも問題を起こした奥さんはなし。
正妻も愛人も隠さずに生きていたフリードリッヒに「他に隠している女がいる」というスキャンダルは皆無だったのだろう。
こういうところもカエサルと似ている。
まさにすごい人もいたものだ。
塩野さんがカエサルに続いて書きたがったのもわかる気がする。
上下巻で500頁超、4800円+税。
是非読んで欲しい一冊。
3月までなら消費税は5%だ。
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