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2014年6月 7日 (土)

「少子化は国民の責任では?」を読んで

 ちょっと思い直してブログにも書き起こします。

 小生が好きなサイトの中に

バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳

 さんがあります。

 やえさんの6/7の記事に

少子化は国民の責任では?

 というのがありました。
 移民の問題とそれに付随する少子化の問題ということですが、少子化は政治ではなく国民が自分で考えなければならない問題である旨述べられています。

 やえさんの主張は本文を読んでいただくとして、さて少子化は国民が考えてどうこうなる問題だろうか、と気になりました。
 一般論というか大筋というか、少子化は女性の高学歴化が要因というのがわりと主流と考えられていると思います。

女性の高学歴化と少子化に関する一考察 – 国立社会保障・人口問題研究所

 これに対応するようにG7および露中韓を見ると

米 2.1
仏 2.0
英 1.9
加 1.7
中 1.6(政策有)
露、西 1.5
日、独、伊、韓 1.4
(世界平均 2.3 in 2013)

 軒並み低い数字となっています。
 さて、こうなったのは何故なのか。
 これを国民のせいというのは、いささか乱暴な気がします。

 そして、この状況に対して特に出生率の低い国では保守論陣から「女に学問は不要」とか「女性は家庭に入れ」の極論が出ることもあります。
 幸いにしてそのような声が議論の過半を占めるということは、どの国でもなかったようです。
 なぜこれが幸いかというと、出生率が低くはないのに実際その主張がまかり通っている国があるからです。イスラム、インドあたりでは女性の社会進出に関する事件が頻発しているのです。

 この少子化は日本だけでなく先進国の間の共通の問題で、もしかしたら人類の重要な問題かもしれません。
 国民というか各家庭、それぞれの若人が考えて済むだけの問題ではないような気がします。

 なんとなれば、高学歴の女性を抱えた社会が、移民をはじめとした低学歴の人々をベビーシッター、保母、家事手伝いに導入し(アメリカでは既にこんな感じか)、まるで古代社会の「市民」と「奴隷」のようになる気がしてなりません。

 これは実は人類史的には大問題なのかもしれません。

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