2つのC
今回は中国の対外進出の様相について検討したいと思います。
西欧の拡大
中国のことを語る前に、現在の世界を形成した西欧世界について考えていきます。
西欧は大航海時代に世界各地に進出しました。その際に活用されたのがキリスト教(Christianity)で、各地への布教を行いました。特に地域の有力者がキリスト教に帰依した場合は、争い無く西欧の勢力下に収まることになります。経済や文化を使うことでその地域への浸透を図ることもできます。西欧の方が経済や文化で優越していればいずれその地域での有力勢力となります。
キリスト教の布教が不調の場合には、その地の反主流派に軍事力供与を行い内戦を誘発させます。反主流派の政権交代が成功すると西欧はそれを支援指導する形になります。経済や文化がなかなか浸透しない場合にも、軍事力を背景に押していけばいずれ西欧の傘下に入ることになります。
このようにして、いつか世界は西欧の影響下になっていきました。
共産主義の拡大
19世紀になると共産主義(Communism)が発生します。
共産主義は資本主義の負の側面を突く形式で伝播していきました。貧富の格差が激しい地域については政治的な手法で浸透させました。先に述べたように西欧によって貧富の格差が生じていたような地域には特に効果がありました。
貧富の格差だけでは勢いが足りないときは、反主流派を使って内乱もしくは内戦を誘発し、軍事力や経済力で国をひっくり返していきました。政権交代が成功すれば共産主義が支援指導するということになります。いずれもうまくいかない場合、軍事力を背景に押していき、共産主義の傘下に入れてしまいます。
この他に、経済的援助を行って共産主義陣営の与党にしてしまうこともありました。
キリスト教と共産主義の暗黒
キリスト教と共産主義は異端を許しませんでした。
キリスト教の教義に反する行いをした者は異端審問で処刑されました。また見せしめのために異端者はより多く捕らえられ、あるいは政敵を排除する目的でも異端が利用されました。
共産主義でも反対勢力は粛清されました。また見せしめのために微罪でも厳しく捕らえられました。政敵もさまざまな理由で排除されました。そして反抗勢力については収容所送りや処刑が躊躇なく行われました。
西欧と共産主義と
西欧はここ5世紀でほぼ世界を席巻しました。
世界中に影響が及んでいるだけではなく、世界秩序の構築そのものが西欧中心に組み立てられていることからもわかるとおり、それはかなり強固なものです。非西欧社会が状況を覆すことは難しく、基本的には西欧社会と共に問題解決にあたるというのがせいぜいです。尤も、西欧も世界の一員なのでそれを排除するというのは非論理的になってしまうという面もあります。
第二次世界大戦後
20世紀前半、連合国は枢軸国と戦うため共産主義と組みます。
この判断というのが、当時は正しくしかし禍根を残す選択だったことは後で明らかになります。
連合国は枢軸国に勝利しますが、東欧と東亜を民主化して西欧の経済的版図に組み込むという野望は潰えます。東欧ではソ連の活躍で勝利したことになって、東欧がソ連の勢力圏になってしまったのです。東亜は共産チャイナが勝ってしまい、これも共産主義勢力になってしまいました。
悪いことに、西欧の植民地だった地域が戦後独立していき、しかも共産主義の息がかかった状態で進んで行ってしまったのです。ソ連からの武器と経済の援助の影響は大でした。
こうして世界を二分する冷戦が出来上がったのです。
そして冷戦後
しかし、共産主義は資本主義の影として出来上がっているので、資本主義がその欠点を修正して再度成長したとき、共産主義は経済的にどうにもならなくなります。ソビエト連邦は崩壊し、共産党チャイナは天安門事件が起こり、ベルリンの壁は崩壊しました。
西欧はやっと東欧と東亜を経済的勢力圏に回復する目途が立ちました。東欧の門戸を開き、ロシアと共産チャイナとの経済協力を広げました。世界は西欧の理想のとおり一体化すると、多くの人が信じていました。
共産主義再び
ロシアも共産チャイナも経済が良くなれば民主化の方向に行くだろうと、皆が思っていました。ところが共産主義は衰えることはなかったのです。
ロシアは常に周辺国に対して自衛戦争(当該地域のロシア人を助けるためという名目。交戦権の一種で今の国際社会では認められていない)を仕掛け、ソ連時代の仲間だったウクライナとの戦争まで始めてしまいます。
ロシアでは反政府は許されません。逮捕されて収容所送りです。ウクライナの占領地の人も反ロシアの人は捕らえて収容所送りしているみたいです。
共産チャイナ
共産チャイナも反共産党や党が許可をしない自由は許されません。チベット、ウイグルの自由を望む人は捕らえられ収容所に送られています。この間は香港の自由も許さないということで政治を共産色に変えました。返還後50年は民主化を維持するという英国との約束を明らかに反故にするもので、英国の面子を潰しています。自分たちは面子の国と称しているのにおかしなことです。
さらにロシアがウクライナを欲したように、共産チャイナも台湾を欲しています。
西欧の真似
大陸中国は昔の西欧と同様にあまり領域外へ展開することはありませんでした。
しかし、開放経済の後、共産チャイナは世界へ展開します。西欧が席巻した世界の国々と経済的なつながりを作っていったのです。これは国際社会で中国の与党を作るという面では大変な役割を果たしています。
さらに領土的な拡大も目立っています。接続する近隣領海への進出、珊瑚礁を埋め立てて軍事基地として周囲を領土領海と称するなど、かなり野放図なことをやっています。
軍事的に周辺諸国に圧力を加えると同時に経済的な圧力で勢力下に置くことにも余念がありません。
西欧への挑戦
そして共産チャイナはソ連と同様、浸透戦略も盛んです。
西欧およびその他の国にチャイナ人を送り込みチャイニーズフレンドを量産しゲームの盤上のように進めていくのです。連合国の重要なポストにチャイナ人を就けることも成功しています。
アメリカ、カナダ、オーストラリアといった移民国家に対して大変効果があります。
さらに日本に関していうと、共産チャイナがこの戦法を取っているので日本は大変不利な状況にあります。まずアメリカ、オーストラリアという国防上の友好国が反日になる危険性があることです。共産チャイナは日本に勝利したという物語でできているので(大日本帝国に勝ったのはアメリカと台湾の前身の中華民国)、とにかく日本を魔族として宣伝しなければなりません。アメリカ、カナダ、オーストラリアそして日本の中にもチャイニーズフレンドやそれを信じる人がたくさんいます。
経済はどうなる
しかしチャイニーズフレンドがたくさんいても、共産チャイナの悪行を隠すことは難しく、各国で共産チャイナ離れが進んでいるのも事実です。アメリカは議会が共産チャイナに厳しい目を向けており、親中と言われていたオーストラリアも最近はそうでもないようです。
経済力で築いてきた共産チャイナ帝国ですが、最近その経済力もどうなるかわからなくなってきました。
CとC
チベット、ウイグル、香港と、西欧の異端審問とソ連の収容所を体現している共産チャイナ。自由が制限されたこの国はどこへ向かおうとするのか。西欧における中世キリスト教のありようを考えると、一つはプロテスタントの成立が想起されます。しかし、明らかに反カトリックすなわち反共産主義となるネオ・プロテスタントが共産チャイナで生まれるとは考えにくいです。
共産主義は中世のキリスト教によく似ています。
そして共産主義の拡大は、大航海時代の西欧を追いかけています。
西欧が拡大できたのは、キリスト教と経済力と軍事力でした。ソ連と共産チャイナは共産主義と経済力と軍事力でどこまで行くことができるのか。西欧が最後まで領域下にできなかったロシアと東亜は、今後もそのまま西欧から離れて進むことになるのでしょうか。キリスト教は今でも多くの信者を有しています。共産主義は今後も残っていくのでしょうか。
続きはまたにしたいと思います。
« 科学的になれるか | トップページ | 来週は仕掛け時か »
コメント