経団連と夫婦別姓
選択的を含めた夫婦別姓が議論になっています。
これもミクロとマクロで違う話になるかと思います。
ちょっとマクロで思考実験。
核家族化で親族とのつながりが薄く、単位が細かくされている状況です。
夫婦別姓はこの家族も分割して個人単位にする効果があります。
これは行政府、産業、宗教、活動家、反社にとって、標的たる個人を釣りやすい状態にする効果があります。
一方、個人からすると安全港となる家族もなくなり、安全圏がますます狭まる方向になります。
確かに家族などというしがらみからは自由になりますが、村の中での窮屈さとジャングルで肉食動物にいつ食われるかわからない自由との選択というところでしょうか。
経団連が夫婦別姓を主張したということで、この思考実験の方向性はあっていそうだなあという気がします。
従業員や消費者が個人単位だと対応が楽ですからね。
ちなみに上流階級は夫婦別姓よりも家門の方が利点があるので関係ないですし、上級国民は家族制度に興味がないのでどちらでもよいということになりそうです。
似たような話でベーシックインカムという個人をバラバラにする制度がありますが、これを合わせて考えると、頭のいい人たちは支配のしやすさという観点で動いていると考えることもできそうです。
大半の人が女性のことを思ってやっているわけじゃないと思います。
そういうこそこそしたところが嫌ですねえ。
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