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2006年6月25日 (日)

惑星探査に対する松井先生の苦言、その他

 松井先生が苦言

 先日のブログの記事(エントリーと言うらしいですな)で、マスコミは勉強不足だと言っていたのですが、ひょっとしたらマスコミは勉強して状況をわかった上で、それでなお否定的な論調にするという方針にしているのではないだろうか。

 そう思わせるのが今月号の雑誌「WEGDE」5~6頁の松井孝典先生の記事。
 後半で惑星探査についての苦言がある。
 「のぞみ」は失敗、「はやぶさ」も地球に帰還しなければ失敗、とかなり厳しい指摘である。


 日本の場合、そもそも惑星探査計画といっても、実はそれぞれ全てが、工学試験衛星という位置づけになっているため、失敗して当たり前という建前なのである。


 更に続く、


 惑星探査に責任を負うべきはずのその分野の研究機関も、その専門家育成の安易な教育を続けるばかりで、世界的に通用する研究者がほとんど育っていない。研究者としてはまだひよこのような未熟な惑星科学者が、1回につき何百億円もかかる惑星探査計画に漠然と関わり、次から次へと提案され実現していく探査計画を、責任感を感じることなく、無邪気に楽しんでいる。

 松井先生の立ち位置は不明だが、今の日本の惑星探査のあり方にものすごく不満を持っていることがわかる。 もちろん、小生は惑星探査プロジェクトチームの内情も、松井先生の本当の思惑も全くわからないのであるが、少なくとも雑誌で意見を公にするということは何らかの意図があるともいえる。

 もうここら辺までくると政治力の世界になってくるのでついていけないが、惑星探査ファンとしても「これは工学試験衛星だから。マスコミは何もわかってないなあ」という態度はもう通用しなくなってきていると思われる。

 

 美食時代の落とし穴

 これはある会報に載っていた、共立女子大名誉教授の泉谷先生のお話。

 なんと昔は妊娠率や母乳分泌率はほぼ100%だったという。今は母乳分泌率は50%以下で、出なくても心配しなくて良いですよと言われているが、この数字にはびっくり。

 泉谷先生の調べた範囲ということで、個人的な感想と断っているが、食生活が豊かになった反面、不妊と母乳の出が悪くなるという事態が起こっているという。

 少子化の一端は不妊にもあるのじゃなかろうかと、ちょっと思う今日この頃。

2006年2月26日 (日)

「99.9%は仮説」

(副題)思い込みで判断しないための考え方
(竹内薫著、光文社新書)

 いきなり「飛行機はなぜ飛ぶのか?実はよくわかっていない」から始まります。
 つかみはばっちりです。

・世の中は全て仮説でできていること
・科学は全然万能ではないこと
・自分の頭がカチンコチンに固まっていたこと
を竹内さんは言っています。
 世の中、これを言って現実逃避をして頭がお花畑の世界に行ってしまう人が多いのですが、竹内さんは逆。科学に対する愛情がとてもあふれているのがわかります。
 まあ、現実逃避をする人は科学が好きではないからこその強引な結論なんでしょうが。
 白い仮説、黒い仮説、グレーな仮説。
 楽しいエピソードが満載です。科学が好きな人なら手を打って喜びそうだし、科学が嫌いな人でも、科学が好きになるかもしれません。
 科学への愛情、いいですね。

 科学技術だけではありません。
 世界のさまざまな物事もほとんど仮説で動いています。
 みんなでもう少し頭を柔らかくしてみたいものです。

2006年2月19日 (日)

「ガリア戦記」

(ガイウス・ユリウス・カエサル著、國原吉之助訳、講談社学術文庫)

 カエサルは2千年と少し前くらいに活躍したローマの政治家であり司令官であり著作者であった人です。塩野七海さんの「ローマ人の歴史」でも2巻を費やして書かれています。まさに世界史に冠たる人物といって過言ではないでしょう。

 そのカエサルがガリア(今のフランス地域)で戦った記録を、本人が執筆したものです。
 ラテン語で書かれたこの戦闘報告書は文学としても一級品とされ、カエサルが武将としてではなく、文筆家としても優れていたことを示すものです。

 カエサルはこの「ガリア戦記」の後、ルビコン川を渡って内乱に突入し、幾多の戦いを経て勝利を得ます。しかし、最後は共和制ローマを守ろうとした人々に暗殺されてしまいます。カエサルがそのまま生きていたらどのような世界史になったか、非常に興味が尽きないところです。

2006年1月 8日 (日)

「太陽の汗」

(神林長平著、ハヤカワ文庫)

 世界通信社のスタッフ、日本人のJHとアメリカ人のグレンがペルーで調査をしていく状況を、JHとグレンの両方の視点で描いていく。JHは日本語しか、グレンは英語しか、ペルー人はスペイン語または現地語しか理解できないが、この世界では自動翻訳機がその仲立ちをしているという設定である。
 ところが、グレンとJHが別々に行動をする羽目になってから事態はおかしくなっていく。グレンの認識とJHの認識がずれてゆく。そして徐々にJHの世界が溶けて別の世界に飛ばされたような感覚になっていく。そして、最後はJHは全く次元の違う世界で目を覚まし、そこで物語りは終わる。
 まさに神林ワンダーランドというべき現実と認識のギャップの魔術である。現実の世界の名称が使われている、神林作品にしては珍しい設定であるが、世界が徐々に変質していく様を描く本作もさすがといったところである。

2006年1月 7日 (土)

「泥棒国家日本と闇の権力構造」

(中丸薫、ベンジャミン・フルフォード著、徳間書店)

 郵政民営化は日本の資産を外資に売り渡すことだとか、小泉氏を初めほとんどの首相は米国の言いなりになっているとか、一部では一般教養になっていることが書かれている。
 「共産主義とは、億万長者の富を否定するどころか彼ら以外の資本家を倒し、労働者をさらに抑圧して、地球の全ての富を億万長者らが独占するために考え出された巧妙な陰謀」とか「世界権力が目指す新世界秩序にとって最も邪魔なのが独立自営農」というのは面白い。仏革命も露革命もなるほどね、という感じ。権力とかその近辺のきわどい人々と生で会話した人の知識はなかなかありがたい。
 まあ、中程からの生まれ変わりだとかUFOだとか地震気象兵器とかいったところは、さすが徳間書店といっておこう。徳間ってこういうの好きだね。あと北朝鮮を褒め過ぎなところがとってもあっち系というところか。

2006年1月 6日 (金)

「語られなかった皇族たちの真実」

(竹田恒泰著、小学館)

 おそらく、小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女系天皇容認などの答申を出してしまったために世に出た本だと思う。
 著者の言うとおり、皇族というのは皇統の安全装置というものであり、皇族縮小により皇統の自然消滅を狙ったGHQはさすが賢しいと言うべきであろう。
 天皇というのは日本の最も重要な柱であって、これを外せば日本はまことにつまらない国になるだろう。羊飼い連中は全ての日本人が羊となることを狙っているのだろうが、そんな計略にわざわざ乗せられるのは腹立たしいし、そんな無秩序な世界は願い下げである。だいたい日本の首相他様々なものが世界権力の傀儡である状況なのだから最後の砦くらいは護らないと駄目だろう。
 本書には戦中戦後の皇族の活躍の様子が書かれており、そこだけでも一読の価値はあると思う。

2006年1月 5日 (木)

「ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論」

(小林よしのり著、幻冬舎)

 ゴーマニズム宣言は漫画家が言論界に土足で踏み込んで来たとその界隈では大好評のものですが、読ませる技量があって面白い(?)のだから仕方がない。この漫画家に一言も二言も言いたい人はいるだろうが、しかし言っている事は面白い。ふざけた表現が多用されるが、そこを面白いと思うかどうかである。
 そして本質は硬派であろう。全てを捨てて漫画を描いているのだから、自分の身がかわいいサヨクやポチ保守では歯が立たないのは当然だろう。
 かつての有名なギャグ漫画家の人々の多くが精神的に疲れて業界や人生を去って行ったのとは対称的に、今でも精力的に活動している。全くの奇跡とも思える。
 さて、心情的には小林氏に賛同するものは多いだろうが、世の中の流れとなるまでには至らないと思う。そうなれば面白いと思うのだが、世界の支配層と戦うだけの体力はまだないだろう。小林氏の系統の思想が世界に拡がれば面白い世の中になると思うのだが。

2006年1月 4日 (水)

「ローマ人の物語XIV キリストの勝利」

 (塩野七生著、新潮社)

 西暦337年から395年、四世紀のローマ帝国を襲った変化の歴史を描いている。
 ローマ帝国の終焉は、地理的感覚から見れば蛮族の侵入をローマ軍で防ぐことができなくなったことが理由のように見える。しかしながら国家的感覚から見ればこの理由だけでは足りない。むしろ、ギリシャ・ローマの多神教の世界からキリスト教の世界に百年程の時間をかけゆっくりと変わって行った事の方が大きな理由なのではないか。ローマ帝国の主神がユピテルからキリストになった時、ローマの一千年余の歴史が幕を閉じたのだろう。
 日キリスト教徒である日本人著者がローマの歴史を語ることの大きなメリットがこの巻で明らかになると言えると思う。
 ローマの美術、芸術、文学、思想が、一宗教の帝国乗っ取りによりほとんど全て破棄されてしまったのは、歴史の帰結とはいえもったいない限りである。皇帝や国民の大部分が特定の宗教、思想に突っ走った時、それを是とできない人々は、自分達の歴史を守ることができるだろうか。そうした感想を抱かざるを得ない。

2005年12月 6日 (火)

国家の品格

(藤原正彦著、新潮新書)

 講演記録を元に筆を加えたとのことですが、筆を加えてこれだったらその場ではなんて言ってたんだ・・・と思うほど書き始めがすごく感じられ、よく売り出す気になったものだと変な意味で感心してましたが、読み終わればそこら辺の雑さはあまり気になりませんでした。
 もう、自分が普段思ってたり感じてたりすることがそのまま書いてありました。
 細かいエピソードとかが正しいかどうかはわかりませんが、筆者の意見にほぼ賛成です。
 すべての先進国で社会の荒廃が進んでいる、自由平等民主主義を疑う、武士道精神の復活、家族愛・郷土愛・祖国愛・人類愛、読書・国語・数学の大切さ、美しい風景と情緒、などなど。
 こういう日本人にとって当たり前のことが本になって「いいこと言っている」と感心するようになるほど現在は酷いという側面もあるのですが。

 この本を読んで思い出した。
 学生時代、研究室のある先輩が「どんなに英語ができても普段挨拶しない奴は外国に行っても挨拶なんかできやしない」という意味のことを叫んでいました。
 この本の著者も同じようなことを言っています。みんな痛い人を見た経験があるのだな、と思った次第です。

 まあ、人心の荒廃、学力低下、政府の怠慢、政治家の質の低下などなど挙げればきりがないですが、そろそろ考えた方が良さそうですね。
 上司の上司が「この国の政府は国民を売るからなあ」とのたまっているのをよく聞きますが、まことに悲嘆すべきことです。

 買って読むほどの本かと言われると辛いところはあるのですが、私は読んで面白かったと申しておきましょう。

2005年6月11日 (土)

森の戦士ボノロン

 森の戦士ボノロンという作品がエルエルさんのところで紹介されています。そして、何故か私の手元にも別バージョンの作品があります(「よっぱらいのゴンの巻」)。なんかコンビニエンスストアから入手できるらしいのですが、詳細はわかりません。北斗の拳の作者原哲夫氏が描いた作品です。内容はと言うと・・・シュールです。良い物語なのですがシュールです。こういうのも骨があって良いですよね。

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